今日は朝から予定があった だから苦手な早起きした
カネコアヤノの「恋文」からの引用である。今日は実際に私にとってそういう日だったので、この歌を口ずさみながら朝7時半過ぎの商店街をふらふらと歩く不審な若者になった。朝から予定と言っても、遠くの牧場まで鈍行列車に乗ってガタゴト行かなくてはならないので早起きをしたというわけである。今日は唯一フル対面での実施が叶った実習「牧場実習」の日である。
21人のクラスの中で2人辞退者が出たので、19人での実施になった。超田舎の某所にある大学が持っている牧場に出向き、そちらに勤務されている技官の方の指導のもと作業を体験しながら学ぶというものであった。まあ社会科見学と職場体験の中間くらいなものだろう。おいしいところ(主要なところ)だけを抽出して体験させてもらえるという何とも贅沢なプログラムだった。今日は昼に到着して説明を受けたあと、4班に分かれてそれぞれ別の実習を一か所実施した。
私の班の今日の実習は農事作業実習で、まあ要するに農業機械の操縦を学ぶというものであった。トラクターとユンボという大変興味をそそる二つを目の前に紹介されたまま、お預け状態で1時間みっちりと話をお聞きして(聞かされたなんて口が裂けても言わないが)、ようやく実際に操縦の練習をする段になった。私は田植え機を運転したことがあったし普通自動車の運転には慣れているのでトラクターの運転はとても楽しかった。特に牽引しているローラーの向きに注意しながらバックするのは難しいながらに面白かった。
ユンボはアームの操縦が主だった。これは厳密にいうと講習を受けて免状が出ている人でないと何人たりとも操縦してはいけないそうだ。当然私もその講習を受けて免状を取得しているということにしておく。当然だ。練習では缶やバケツを手前に引き寄せるという作業を行った。2か所の関節を同時に滑らかに動かすというのが最も難しいポイントだったが、なかなかに面白かった。そういうのは他人がやっているのをよく見て理屈さえわかれば大体人並み以上に上手くできるたちなので、あんまり苦労はしなかった。ちなみに友人は一斗缶の真上からショベルのアームを下ろしてまるで飴のようにぐしゃぐしゃに曲げてしまった。面白かった。
←私が操縦しているユンボ
このあと本番と言って木の切り株を掘り起こすという作業をした。木の根が思っているより大きく張っていて全く掘り起こせなかった。メリメリ言う音がカッコ良かったぐらいだ。全員で順番に操縦したのに、だ。技官の人がやってもこれ以上は無理だと言う話だったので仕方ない。私としては大満足な体験だった。
いろいろ思うことはあったが今日は田舎育ちの自負と周りからの扱われ方について。こういう実習をしていると必ず「田舎そだち」であることを周りから意識させられる瞬間が来る。例えばトラクターについても、運転がちょっと上手いと「さすが長野出身」みたいなことを言われる。まあ確かに田植え機に乗ったことがあるという体験は田舎特有のものであるかもしれないし、実際私もそれを感じているのでそう言われることに対して特に反感を感じることもない。だがその反面、そうやって様々な場面で自分と他者同時に「田舎出身」というアイデンティティが刷り込まれていくと、私=田舎、長野という図式がだんだん成り立っていってしまうということがある。厄介なのが、これが他者だけでなく私の中にもだんだんとかつ着実に刻み込まれていくということである。こうなるとどうなるか。皆が見ている私は「田舎出身の自然の中で育った人」であるということを常に意識して生きていくことになる。そうするとますます期待される私を演じた言動が無意識に増える。寒さに耐えてみたり、平気で糞の掃除をしたり。確かに本当に寒さに強い、というか他の人が寒がりすぎだと思っている節があるし、フンの掃除は別に嫌じゃないのだが、その「強調」をしてしまうのだ。これが私の中に疑問を生じさせる。皆と打ち解けているのは本当に自分だろうか。「田舎」のパラメータを誇大に膨らませた「別の人格」ではないだろうか。私のことを田舎のフィルターを外して見ることはもう困難になっている。何となく距離を感じてしまうのはそのためだと思う。
ただ私は「田舎者」を誇張して演じるのをやめられない。集団の中でのアイデンティティがなくなる方が怖いからである。やっと掴んだポジションがそれなら、その期待に応え続けて田舎者の座に居座ることがそのコミュニティで生き残るための術であろう。今まで散々ポジションどりに失敗してきた。それが今回の学科というコミュニティでは何人かの「田舎者」枠に入れてもらえている。明らかに私よりも「田舎」な奴が一人いるせいで、私も負けじと演じるしかないが、そこでしっかり印象がつけば、「私」の身の振り方がわかる。どういうやつかがわかりやすく「キャラ」として根づけば、周りも私に接しやすくなる。田舎者レッテルは私がこのコミュニティで周囲に認められて仲良くしてもらうための「身分証」になっている。
もうそうなってしまったから仕方がないが、この学科にはそのフィルターを外してみてくれる人、それを外して喋っても私の話を聞いてくれる人、もいそうないい学科だと最近は思っている。これからゆっくり時間をかけて人対人の関わりを築いていこうという矢先に研究室に分かれていく季節がやってきた。時間が足りなかった。何となく、というかとても寂しい。あと二日間せめて実習を楽しむしかない。と思っている。
これも大きな声では言えないのだが、先生方はとてもゆるいので本来は禁止されている「集まっての飲み会」を開催した。食堂で一堂に会し、飲んで話した。普段はずっと一緒に授業を受けているが、それらは全てオンラインで実際に会った経験はそこまで多くないという不思議な距離感の中、普通に楽しく盛り上がる飲み会ができた。久しぶりに飲み会をして盛り上がれた気がした。ここまできたからには演じ切ると腹をきめ、酒の席でもちゃんとした田舎者になった。こういうことをすると自分が後で虚無感に襲われるとわかっていながら。その場での自分の表面的でわかりやすい「キャラ設定」を求めて。そのおかげで得られる「楽しみ」と「楽さ」には相当な価値があると思っている。明日は早い。8時からお仕事である。起きられるかどうか明日の自分に期待である。